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                           3月 九州



 この旅行記を書き始めた1997年からは初めての九州旅行。1997年から数回、九州には訪れているのですが団体旅行だったり、親戚の不幸だったりで個人の旅行といえるものではなかったのでアップロードしませんでした。

 何故か思い立って九州に。父親の故郷、宮崎県東臼杵郡北浦。現在は宮崎県延岡市北浦へ行ってみたいなと思っていたので、Webで検索。名門大洋フェリーが30周年で往復1等船室付き、期間限定で乗船券を発売していた。これはいいなと思いながら新幹線→レンタカーコースも捨てきれないでいた。
 しかし翌日新聞広告に名門大洋フェリーの広告が。これはまずい、早速TEL、希望日時はすでに満席。いろいろと尋ねると1万円アップする第2便は希望日が空いているとの事。結局フェリーに決定。

 北海道の帰り以来のフェリー。新日本海フェリーの苫小牧から秋田に寄った時の船はかなり古かったのか震動が激しく、敦賀まで乗船するつもりが結局秋田で降り、陸を走行することになった苦い経験がある(敦賀〜小樽間はそんなことはなかった)。
 出発は午後8時、早い目に大阪南港に着く。時間を過ごすのが大変だなと思いながら乗船手続きをし、係員に尋ねると、すぐに乗船が開始されるとの事。すぐに車に帰りしばらく待つ。ほどなく乗船。今までの経験上、こういう時はすぐに風呂に入る。少し遅れると満員で体も洗えなくなる。案の定、風呂は1番乗り、ゆっくりと入浴、すっきりして部屋に戻る。まだ船は出港していない。
 明石海峡大橋も瀬戸大橋も見ることなく就寝。

 翌朝、新門司港到着。カーナビに頼って一路北浦へ。カーナビに頼ると道を覚えない。椎田道路や豊前、中津バイパスを通り宇佐、別府自動車道、国道10号線、国道326号線などカーナビのおっしゃる通りに進行、道の駅「みえ」の食事処「わかたけ」で「だんごじる」を食べる。以前にはほとんどの店が「だごじる」の名前だったように思うがこの旅で「だごじる」の看板に行き当たったことはなかった。

 昼食時間には少し早い目だったのか、本日最初の客のようだった。食後、店主(店長)らしき人が来て、昨日のホワイトデーに客に配った手作りチョコクッキーをくれた。

 走行開始。程なく走ると10号線に合流、それから少し走るとカーナビはUターンに近い左折を指示ここはカーナビ様のおっしゃる通りにする。カーナビなしでは決してこの道に入ることはない。
 どこで間違えたのかカーナビの地図上には道のない所を走っている。どうやら見落としたらしい。Uターン。ゆっくり戻ってみると、わずかに細い道を発見。どうやらこの細い道を走れと云う事の様だ。
 少し走ると山道のさしかかる。細くて1車線しかない、もちろん地道、対向車を交わすところがない。カーナビの案内する道なのか?それでもカーナビの地図はここを示している。間違いないのだろう。対向車があると困っるな、すぐに広い道の出るのかな、と思いながら運転をしたいる。しかしなかなか期待通りにはいかない。この細い道で山越えの様だ。
 登り坂で対向車に出会う。こちらはすぐに気付きブレーキをかけて止まる。しかし対向車の運転手は気付かないのかブレーキを踏む様子がない。「当たる」と思ったが本当にぎりぎり、10Cmも空いていないと思われる距離で対向車は停車した。
 車は活魚を運ぶトラックで運転手は若い人だったが、謝りもせず「なんでこの道を走るのか」と云わんばかりの顔で睨みつけたいた。こちらは初めての道、どこに交す所があるのか分からないがトラックがバックする様子がないので、こちらが下がる。ほどなくなんとかかわせそうな所が見つかったので谷側による。しかしトラックの運転手は下手なのかなかなか通り抜けない。
 仕方がないので、こちらがなんとか少しずつ進む。やっと入れ替わり走行を続ける。それ以降舗装道路に出るまでは対向車に出会わなかった。先ほどのトラックも今までに対向車に出会ったことがなかったのかもしれない。

 やっと見覚えのある風景に出会う。「阿蘇」 阿蘇山の麓ではないけれど集落は少なそうだが、夏は海水浴場、道の駅「北浦」もある。ここで一休み。
 出発、5,6分で目的地に到着。確かにこの辺りに間違いはないが、叔父の家が見当たらない。
 私は小学校6年生の夏休み、約1ヵ月間ここで過ごしたことがある。その後今日までには4,5回ここに来たことがあるがそれでも変わっている。
 数回同じ場所を車で回るが分からない。海辺の道路に車を止めて歩いて探す。
 あった!再び車に戻り叔父の家に到着。

 久しぶりに叔父、叔母に会い話す。突然の訪問だったが喜んでくれ、「昨日、おまえの話をしていたばっかりだ」と云う。なにやかや話をし、「今日はここに泊れ」と言ってくれたが、高齢の叔父、叔母の世話になるわけにはいかず、私もはなから延岡市内のホテルに泊るつもりでいたので辞退し、他の親戚の家を数軒回り市内のホテルに向かう。

 延岡市内に向かう帰り道、再び道の駅「北浦」に寄る。ここのすぐ下に塩を作る(デモ的に)小屋があり見学ができるようですが、今日は実演をやってないらしい。
 道の駅の隣に資料館のようなものがありそこには

 


 写真が反射で観難いのですが北浦で捕れた「竜宮の使い」が展示したあった。私も実物(はく製ではあるが)を見るのは初めてでした。

 今までもこの地に来た時は親戚の何処かに泊っていたので市内にどれだけのホテルがあるのかは知らなかったが、さすが旭化成の町、ビジネスを含め沢山のホテルがあった。今日はここで1泊。

 余談になるが、友人がこの地(宮崎)の焼酎で「赤霧島」と云うのが気に入って「うまい」言っていたのを思い出し、数軒の酒屋などを探す。何処にもない。最後に酒屋の店主に聞いてみると「「赤霧島」は3月と10月の2回それぞれ1回出荷するだけですぐに売り切れる、3月は20日頃に出荷されるはず」とのこと、今日は14日、私が宮崎にいてる間に出荷される望みはない。それを聞いてホテルに戻り就寝。

 今日は別府のホテルを予約してあるがそれまでの予定はない。延岡の町を見学に、市役所の前で小高い山に展望台のようなものが見えるので「あれは何ですか?」と尋ねると「愛宕山で延岡市内を見渡せる展望台がある」と云うので行ってみることに。なかなか登り口が見つからない。そうこうして居る時に酒屋を見つける。
 無いのが分かっていながら「赤霧島」の事を聞く「赤霧島は3月20日頃入荷するが、入荷する本数が分からないので予約は受けていない。電話をもらってその時に商品があれば送ることは可能です」との返事。しかも「当店はインターネットでも販売します」と云って名刺をくれたので「電話をするか、インターネットで注文します」と云って店を出た。
 そうだ、カーナビが有るのだ!「愛宕山」を入力する。すぐに登り口がわかり展望台へ

 


延岡市内とその先の突き出た岬の裏側が父の故郷

 延岡の町は数か所に旭化成の工場群が存在しそれで市が成り立っているように見える。
 展望台はデートスポットのようで大きなステンレスでできたハートマークの上に恋人同士が唇を合わせようとする人形がありハートマークのなかに網の目状に細い棒がある。そこには数多くの南京錠(今どんな呼び方をするのか分からないが)かかっていた。展望台の手すりにも同じように鍵がかかっていた。
 以前ニュースで見たかとがあるが、この南京錠の重さで倒壊の危機さらされ、使用中止になった展望台があるそうです。

 延岡市内を離れ一路別府へ。

 途中、道の駅「北川はゆま」に立ち寄ると居ました。宮崎県知事が

 別府市内には午後2時過ぎに到着。早いので「地獄めぐり」行くことにする。
 私は知らなかったのですが別府温泉は別府八湯として「別府温泉」「鉄輪温泉」「浜脇温泉」「亀川温泉」「堀田温泉」「観海寺温泉」「柴石温泉」「明礬温泉」の総称として使われているようです。詳しくは別府八湯
 地獄めぐりの入り口「鉄輪温泉」へ着く入口で地獄は八ヶ所あり、一か所それぞれ入場料は400円合計3200円一括購入であれば2000円。ここまで来て1,2ケ所で止めるつもりもなく一括購入する。



 山地獄

 山肌のそこら中から湯気(水蒸気)が吹き出し、人の侵入を抑えるために打ち込んだ杭の穴からも湯が出ていた。
 秋田県の玉川温泉や北海道の登別温泉など同等以上の場所を見て来ているので「名ほどでは」と思ってしまった。
 この後「海地獄」「鬼石坊主地獄」「かまど地獄」「白池地獄」「鬼山地獄」を見るも同じ思いがした。
 山地獄、海地獄はすぐそばにありビロー樹など熱帯植物が茂る中


桜の木が1本あり3月半ばに、すでに満開を過ぎ散り始めていた。園の人に聞くとこの桜1本だけ毎年早く咲くのだそうだ。地熱の影響でしょう山つつじもつぼみが膨らみ1輪花が咲いていた。
 また



 目白がきて「カンヒサクラ」と書いてあった木にとまっていた。

 この後、残る地獄「血の池地獄」「龍巻地獄」見に行く。この2つは少し離れたところにあるので車で移動。
 血の池地獄も感想は前述と同じ、ここでは温泉の歴史を説明しながら「血の池軟膏」を売っていた。
 続いてすぐ下にある「龍巻地獄」ここは間欠泉、私が行った時はちょうど吹き上げていたが、タイミングが悪ければ30〜40分待たなければならない。
 吹き上げていない間欠泉は何もないのと一緒。全体に少し酷評かな、しかしそれだけ私の期待が大きかったのかも。
 この後、予約してあるホテルに。チェックインには少し早いかも。意外とすんなりチェックイン。少し散歩に出かける。
 途中、古びた建物を発見
 

 ここは竹瓦温泉。創建当時は竹を瓦代りに使っていたのでこの名がついたそうです。左側の立て看板には「別府温泉は元々砂浜に沸いた温泉で〜云々砂をかけて入るもの」だったらしい。ここでの入湯は100円、砂掛け温泉に入るのは1000円だそうです。入湯はせずに、すぐ傍に温泉街のピンク地帯があり、すり抜けて通る。別府駅で買い物など。
 ホテルに帰り入湯。1日終わり。
 

 今日は九州最終日。とりあえ湯布院温泉に向けて出発。


 途中、最近山火事があったと思われるところに出くわす。少しロケーションの開けて処に1件の土産物店があったので車を止めて写真を撮る。土産物屋の女性店主と思われる人の話を聞くと「前の1番高いのが由布岳、その下の山で黒く焦げたのは昨日山焼きをした」との事、さらに「本当は一昨日の土曜日の予定が雨のため昨日の日曜日にずれ込んだ」そして「山焼のためのボランティアが約100人」などいろいろ教えてくれたので、手ぶらで帰れず、ゆずレモン茶を買う。
 山道を下るとほどなく湯布院の町に到着、今日は月曜日にもかかわらずかなりの人出。観光バスも多い。私は知らなかったのですが、金鱗湖と云う湖があるらしい。すぐに見つかり、駐車場に入庫する。その駐車場は金鱗湖のすぐ傍。その湖を5分程度でぐるりと一周する。私のような風流を解さない人間には、この金鱗湖が湖には見えない(池程度良くて沼)し、夕日が映えるようには見えなかった。
 車を移動し、駅を目指すと途中に行列を見る。何を並んでいるのかは分からない。
 駅前の駐車場に車を停め、何の行列か確認に向かう。


 

 その途中観光馬車に出会い思わず、シャッターを切る。
 なんとか、行列にたどり着くと、何とそれは、B-speakと云う店のロールケーキを買うための行列だった。連れ合いはその行列に並ぶ。私はその間湯布院の町を散策。途中で湯布院の町の案内板を見つけ、見ていると町を少し離れた所に温泉が数か所あるようだ。なんとかロールケーキを買った連れ合いとその離れた温泉を目指すため車に戻ることにするが、その途中手打ちの蕎麦屋があり店頭には



 普通の枕なら5個は十分にできる量の蕎麦がらを、100円で売っていたので買う事にした。
 車に乗り5分程度走ると最初の温泉が見えてきた。
   


 「蔵毘」と云う温泉宿。日帰り入浴もしているようなので中をのぞく。店主?に聞くと貸切風呂で3000円だと云うので入ることにした。
 風呂に案内される途中に
この様(写真右)な所が、案内人に尋ねると、ここの温泉の源泉は、道を隔てた山の少し上で、そこから噴出している温度は98度そこからパイプでここまで来て80度。さらに冷やすためにここで空気に触れさせて冷やしているとの事だった。余熱で電気を起こせないものなのかな。

 貸切風呂とはいえあまり広くなく少し熱い湯だったが気分は良かった。
 入湯後、店主らしき人が食事はいかがですかと尋ねてきたのでこれにも乗ることにした。
 食事は、牛、豚、鶏のバーべーキュー、用意をしながら話をすると、ここの主人らしき人は40年近く前、大阪の大学に通っていたと云っていた(私と歳は近い)。
 そうこうする内に客が入りだし、忙しくなってきた。客との対応は1人だけの様だ。
 座った席の横に置いてあったパンフレットを読むと、大浴場の入湯料は700円だった。ここに入りたかったのに。 

 これで、湯布院は去り、一路福岡へ。
 湯布院インターから大分自動車道、鳥栖から九州自動車道で福岡に。博多駅の駐車場に車を止めて少し散策と土産物売り場へ。
 まだ少し時間があるので屋台を見るのに中州付近へ行って見る事にする。

 屋台の時間には早いと思ってはいたが、案の定ほとんどの店が開店準備中だったが、1,2店舗営業を始めていた。
 看板のメニューを覗くと安くはないようだった。

 一路新門司港へ。フェリー乗り場にはまたしても早く着いたが、乗船も早く、すぐに風呂に入った。やはり1番乗りだったことを報告して今回の九州旅行は終わる。








8月


 例によって、盆休みに行き当たりばったりの旅に出発。今回はいつになく、前日にWebを通じて新潟に宿泊地を予約。
 午前11時頃出発をし、新潟には夕刻到着。今回は落ち着いた旅行になりそう。

 夜が明けて、出発準備をしながら、天気予報を見ると、当初目指していた秋田、男鹿半島方面はかなりの雨のようなので、急遽、山形方面に変更。山形も雨は避けられないようだが、曇りの時間も多そうなので。

 ホテルを出発する時、すでに雨は降っていた。駐車場が少し離れているので、フロントに云って傘を借りる(持参の傘は車の中)。
 車に乗ってホテルの前に駐車しようとすると客待ちのタクシーが1台止まっている。ホテルの間口はそこそこあるのだが、3分の2は駐車場の出入り口になっていて止められない。玄関の前にはタクシー。タクシーの前は車1台分あるかないかですぐに信号のある交差点。しかも雨降り。
 そんな状況で交差点とタクシーの間に駐車しようとすると、タクシーの運転手が「そこに車を止めるな、邪魔になる」と怒鳴る。こちらはホテルの宿泊客。荷物の積み込みと同乗者の乗り込みのための駐車に文句を云われる筋合いはない。「邪魔になるのはそちらだ」と言い返す。
 この状況が分らない皆様にはどう想像されているか分からないのですが、このタクシーが車1台分さがる(バックする)と駐車場の出入り口の邪魔になるが1,2mバックすることは差し支えない。要はこのタクシー宿泊客の車や、所要の車を止めさせないようにしているのだ。
 ホテルにとっては営業妨害に思えるのだが、普段ホテルはどのような対策を取っているのだろうか。こんなことをする運転手はこの人だけなのか私にはわかりませんが、とにかく気分の悪い出発になった(また2度と使わないホテルができた)

 
旅に当たる英語Traver(トラベル)はTrouble(トラブル)が語源だそうですがまさに実感


 気を取り直して、出発、関川、上山へは馴れた道。今回も目的地はないので思いつくまま。関川で開館時間に合わないので毎回見学できなかった「渡邊家」に入館する。


          

 2002年、2005年と関川の「渡邊家」の前には来ているのですが、今回初めて雨に合う。以前に写した写真はあるのですが、小雨が降っていたという思い出のためにもこの写真を掲載します(本当はフィルターの曇りをふき忘れた)。

      

 カレンダーの写真に出てきそうな落ち着いた立派な庭があり、蔵も米蔵・味噌蔵・金蔵・宝蔵・新土蔵・裏土蔵と有りその一部を公開していた。
 石を乗せた屋根は酒田でも見たので、それと同じで強風対策かと思っていたのですが、木羽葺き石置き屋根と云うらしい。(詳しいことは→「渡邊邸」をクリック)この邸の案内人に詳しく説明をしてもらい、私はそのこと自体を知らないのですが、NHKの連続ドラマの「蔵」で使われた建物だそうです。その案内人に「「蔵」に出てきた造り酒屋さん「樽平」は飯豊(いいで)の「道の駅」を過ぎた所を右の曲がり・・・・・・・・・」と教えてもらったので行ってみることにする。

     
樽酒の銘柄は「樽平」と「住吉」だったと思うが公衆電話を入れたくて   手作りの米麹をされている部屋(企業秘密は無いと思うので)

 カーナビがあるので、難なく樽平に到着するが駐車場を尋ねると本社の向かい側だと教えられる。
 そこに駐車し、内部を見学させてもらう。
 お盆休みにゆっくりされている処、迷惑な見学者だったと思いますが、関川の渡邊家から紹介されたと告げると社長自らがもう一組の先客と一緒に米の事、麹の事、発酵の事等の苦労、苦心、工夫、や「蔵」の撮影の時の事なども教えて頂き、試飲を進められたが車なのでお断りをいたしました。(同乗者はできたのにしなかった。私に遠慮したのかな)
 私が大阪から来た事を告げると「大阪は大丸、そごうに出品したことがあり、行ったこともある」と云われたので、私は「その心斎橋のすぐ近くに住んでいる」・・・・・・・そこからさらに会話が弾み、名刺をいただきました。
 教えて頂いた事で書きたいことはまだまだあるのですが、旅行の続きもあるので・・・(個人的にお話しいたします)。
もちろんお酒と焼酎を買って帰りました。(と云っても高級酒は買えなかったけど)
 それから社長さんは井上ひさしさんと同級だともおっしゃて居ました。
 渡邊家の案内人さんと樽平の社長さんのおかげで、すっかり朝のタクシーの一件が頭から消え去りました。
 本当にありがとうございました。
 一路上山温泉(かみのやま)へ。

                

 数回上山には来ていますが初めて上山駅を訪れ、そこの観光案内所で宿を探す。葉山温泉(上山温泉群内)で見つかったので、そこに行く事にする。
 宿はこの時間からは夕食の用意ができないので外で食事をしてきてほしいとの事。
 とりあえず、再び駅前へ

                    

 駅前をうろうろしていると 住んでいる人には失礼ですが、面白い建物を発見。玄関の間口から察すると2階に上がる階段はどのような工夫がされているのか間取りはどんなものか興味がわいてきた。

 駅前には私たちが求めているレストラン(居酒屋)が見当たらないので、2005年に40分ほど待たされた蕎麦屋「味津肥盧」に行って見る事にする。
 2002年に入った「下大湯」も見つかり、「味津肥盧」の場所も見つかったが「味津肥盧」は営業をしていなかった。
 なんとか、食事を終え宿の温泉に入る。

 テレビの天気予報と相談で明日の訪問地を考える。答えは福島方面。
 笠松温泉、姥湯温泉、滑川温泉、飯坂温泉を目指すことに

 出発

   

 途中、2005年に寄った赤湯温泉に立ち寄る。あれ!道路が広くなって街並みが変わっている。「あんびんや」はそのまま(道路が突き当っている様にに見える建物があんびん田中屋)。写真の「とわの湯」に入湯料100円を払い入る。もちろん天然温泉かけ流しで地元の人が朝湯を楽しんでいる。入湯後暑いので入口付近で座っていると管理人さんに話しかけられ、大阪から来た事、今回が初めてではなく、裏(表かな)の道路が整備されたことなどを話していると奥さんがすぐ傍の売店で買ったと云う赤湯特産の葡萄を出してくれた。 今日は「ありがとう」で始まった。
 
 またも寄り道。
 米沢駅に寄る。

   

 米沢駅は広く整備されてはいるものの閑散としたところだなと思いたらこれは裏側だったらしい。駅に書かれている自由通路(駅をまたぐ階段)を通ると正面は裏に比べると遥かな違いであった。この自由通路には写真の通り押して通るのか、乗って通るのか自転車で通る人がいるようです。

 次の笠松温泉を目指す。
 道は山道にさしかかる。ぬけ道なのかと思っていたら、どんどんと山深くなる。カーナビの地図には等高線がないのでこんな山深くの温泉だとは思わなかった。やっと笠松温泉に着いたが木々が生い茂りあまり太陽の光が差し込まず湿気の多いところだった。
 
   

 温泉宿は皆様にイメージしていただくとして、写真の様なキノコがいたるところに生えている。
 宿の主人夫婦と思われる人と話をし、周りを散策した後、入湯せずに次の姥湯温泉を目指す。

 山道をさらに奥に行くと姥湯温泉と滑川温泉の分岐点に出る、とりあえず最初は姥湯へ。姥湯温泉は目的地近くになって川に架かる橋が人専用の吊り橋のため、車を止めて少し登らなければならない。車を止めるとバイクが1台やってきた。ナンバープレートを見ると泉だったか、和泉だったか、間違いなく大阪だろうと思い声をかけてみる。やはり大阪の若者で、彼も無計画で来ているらしい。とはいえ何日間は友人宅を予約しているそうだ。当初のつもりでは彼も秋田の方を目指していたらしいが、雨を避けてこの方面に決めたようだ。彼はプロの写真家には見えなかったが今時珍しくフィルムカメラの1眼レフを使って、浴槽内も撮影していた。

   


さて、姥湯温泉だがその建物は山の中にあるにもかかわらず、最近建築したものらしく新しく奇麗なものであった。
 建物(旅館)の入口で入湯料500円を払いその建物からさらに3〜400m上がった所の露天風呂に入る。Web上の写真では分かりにくいと思いますが露天風呂の左上に細い水の流れがあるのですがそれが原泉のようで湯気を上げている(写真右の中央部分。露天風呂写真の上の川ではない)温泉は白濁した少しぬるいかなと思える湯だった。車まで歩く間に激しい雨が降ったが車に乗り込んで走り出すと、間もなく雨は上がった。

 次は滑川温泉。確か新潟に滑川(なめりかわ)と云う地名があったと思うが、ここは滑川(なめがわ)。地名は教えてもらわないと読めない。私のギャグと一緒でよく滑る。

    


 左写真のさらに左に滑川温泉の建物がある。浴槽は5つあり2つは男子1つは女子残りの2つは混浴だったと思う。ここの温泉は透明で少し熱いめのお湯だった。左写真の上の方につり橋が見えますが、その吊り橋を渡って10〜20分ほど歩くと右の看板に見える滑川大滝が見えるそうだが、今回は辞退した。
 ここでも先ほどの青年と遭遇した。

 いよいよ、今日の最終目的地 飯坂温泉
 福島交通の飯坂温泉駅にあるコンビニらしき所の駐車場に車を留め、そこで温泉のことを尋ねたら、斜め向かいが観光案内所だと教えてくれたので、観光案内所で尋ねると、「9軒の共同浴場があり1番有名な「鯖湖湯」は・・・・・・」と教えてくれたのでその通り行ってみる。

    

 鯖湖湯の隣には飯坂温泉の発祥地や足湯があり、お湯の冷却層らしきもの(写真左)が(説明書きはなかった)あった。
 大抵の浴場は男湯、女湯の暖簾が掛かっていてその暖簾をくぐって入るのですが、ここで初めて見たのですが浴場の入口に木の扉がありその引戸を開けて入る。
 泉質は透明で熱いめのお湯でした。
 ここの宿は満員なようなので、福島駅前を目指す。
 ホテルはすぐに見つかる。さあ、明日の天気と行先。と云っても明後日は帰路に就かなければならないので、基本は帰る方向。
 インターネットで探す。結論は 岳温泉、野地温泉、横向温泉、後は時間しだいで兎に角新潟ぐらいまでは帰ろう。


 さあ、出発。  岳温泉野地温泉横向温泉、へ
 昨日の事を想像し、山道かなと思っていたら、以外アップダウンはあるものの一般道だった。

               
 

 年中このような提灯がついているのかこの時期だけか分かりませんが、とにかく岳温泉着。
 ここでも公衆浴場(岳の湯)に入る。入口で1人300円を払い階段を下りて行く。建物が坂道にあり風呂場が地下にあるというわけではない。ここの湯も少し熱かった。
 温泉めぐりに長湯は禁物。適当に入湯だけで出る。
 その後、足だけの湯、鏡池を見学し、野地温泉に向かう。

 少し走りだすと霧雨になる。

                


 野地温泉でも入湯。ここは浴槽が5つあり時間で男、女が入れ替わる風呂が3つ、男、女の専用風呂が2つ3時間ほどで入れ替わるみたいだった。私が入った時間帯では湯気が立ち上っているところが見える浴層は女風呂だったので確認はできませんでしたが、ホテルの従業員の方に聞くと「お湯(温泉水)の7〜8割はそのまま捨てている」との事だった。当然、すべての浴槽はかけ流し。湯は乳白色の私にはちょうどい湯加減だった。

 
   


 その後、すぐに赤湯温泉(山形の赤湯温泉ではない)と鷲倉温泉に着くがあまりにも短時間のため、入湯せずにすぎ去る。
 この旅行から帰って調べると赤湯温泉と云うのは山形県、新潟県、福島県にあるらしい。

 しばらく走ると

 
   

 横向温泉に出る。横向きのいわれは横向温泉の文字に張ってあるリンクをクリックしてお確かめ下さい。ここも入湯せずにと思っていたが、ホテルの周りを見渡すと、何やら立札が。そこには「日本一遅く咲く桜」と書かれており、さらに「この桜は八重桜で北海道で花が散った後、6月20日頃咲き始めます」。
 これも帰って来てから調べてのですが、ここには日本一が3つあるそうです。1つ目は桜。2つ目は温泉の鉄分含有率が日本一。3つ目は日本一大きいななかまど。ななかまどの件は誰が認定したのかはわかりませんが私はそのななかまどを見逃した。
 
 しばらく走行し猪苗代湖に近づいたところで、蕎麦屋に入る。遅い目の昼食。
 その後帰郷方向に走れるだけ走る。新潟を越え、富山に。富山市で宿泊

   無事、帰郷今回の旅で思ったのは「カーナビは必需品」 「ノートパソコンは持参すべき」「福島県付近の温泉は熱い」の3点。
 カーナビがあれば道路情報に要らぬ気を使わなくてもよい分運転が楽。しかも道を間違えたりする時間ロスがない。
パソコンは旅館に泊まるとそんなに役立たないが、ホテルに泊まるとほとんどの所がインターネットをできるので非常に便利。文明の利器は使うべし。
 今回入湯した温泉は葉山(上山)、赤湯(山形)、姥湯、滑川、飯坂、岳、野地、だが葉山、姥湯は普通の温度だが他の温泉は47℃(正式に47℃と明記してあった温泉も、温度計が47℃を指していた温泉もあった)程で熱かった。平然と皆さん入っておられたので慣れているのだろうけれど、私も入ってはいたものの熱いと思った。
 余談。富山で寿司屋に入ったが店名が「きときと寿司」。「きときと」とは何かなと思ったら横から「きときと」は「新鮮」と云う意味だと教えてくれた。